Chapter 0 〜序・アヤ〜
太古、音楽はあらゆる恵みの源であった。
その恩恵を受け、繁栄した大陸・演。
人々は〈ノイズ〉と呼ばれる災厄に自らの音楽で対抗しながら、寄り添い暮らしていた。
東の最果て、奏国。
そのまた最果て、大陸の吹きだまりと呼ばれる名もない小さな村から
今、一人のソリスト〈戦士〉が旅立つ。
のちに人々は、世界を救った彼女とその仲間たちに敬意を込め、こう呼んだ。
『Knights of the sound-table 音卓の騎士』と。
──これはその伝説の記録である。
太古、音楽はあらゆる恵みの源であった。
その恩恵を受け、繁栄した大陸・演。
人々は〈ノイズ〉と呼ばれる災厄に自らの音楽で対抗しながら、寄り添い暮らしていた。
東の最果て、奏国。
そのまた最果て、大陸の吹きだまりと呼ばれる名もない小さな村から
今、一人のソリスト〈戦士〉が旅立つ。
のちに人々は、世界を救った彼女とその仲間たちに敬意を込め、こう呼んだ。
『Knights of the sound-table 音卓の騎士』と。
──これはその伝説の記録である。
「ノイズだぁ! 逃げろっ」
辺りに響く村人たちの悲鳴と耳障りな音。
「キリ、早く音色でノイズを鎮めてくれ!
作物や井戸がやられちまう」
言われなくてもわかっている。
でなければ、自分は存在する意味がない。
少女の名はキリ。
奏でる二胡により、村の恵みを司る彼女は籠の中の鳥。
村さえなければ、と自らの境遇を何度呪ったことか。
しかし、生まれ育った村と人々を見捨てることなどできない。
キリはノイズをかき消すように、悲しい癒やしのメロディーを今日も奏でる。
けれど、その日はいつもとは違っていた──
「ノイズが消えない…?」
不快な音は辺りをどんどん侵食し、その勢いを増す。
「おい、どうしたんだ? こいつ、弱らないぞ…。う、うわぁっ! 誰か助けてくれっ」
──災害級。
ソリスト一人の力では、どうすることもできないほどの力を持ったノイズ。
こんなこと、今までなかったはずなのに…
音色はかき消され、反比例するように 悲鳴が響き渡る。
村さえなければ…もしかして、その願いが今、叶ったのだろうか。
ならば、これも巫女としての運命…
そのとき、キリの耳へ力強い弦のメロディーと共に、かすかな声が聞こえた…
「諦めるな! 弾き続けろ!!」
声の主は一人の旅人。
彼女の声と抱えたバイオリンから響くメロディーは、
ノイズに飲み込まれたキリの心を引き戻す。
「ノイズなんかに、お前の終わりを決めさせるな。お前の終わりを決められるのは、お前だけだ」
…そうだ。私はまだこの世界を見たい。
空を飛ぶ鳥のように、自由に自分の意思で。
「私は、こんなところで終わりたくない! ノイズに縛られたままの人生なんて、いやだ!!」
アヤとキリ、二つの音が重なり、さらなるメロディーを奏でる。
それは、傷ついた村人たちを癒やし、鼓舞し、ノイズを弱体化させた。
「みんな、今だ! ノイズを追い払え!!」
村人たちによる必死の攻撃で、ノイズは消滅。
しかし、事態が終息した頃には、村はそのほとんどの機能を失っていた。
「この先を進めば、町がある。そこなら、ここよりもまだ安全だろう」
旅人の言葉に、村人たちは我先にと移動を始める。
声をかける者などいない。気がつくと、村にはキリ一人だけだった。
「私は今まで、一体何を守ってきたのだろう…」
もぬけの殻となった村でキリは立ち尽くす。
「…ねぇ、旅人さん、どうしてここへ?」
「ここへ私と同じ弦を奏でるソリストがいると聞いた。けれど、人違いだったようだ」
探し人だろうか?
「この先にはどんな大きな町があるの?」
「わかるはずがない。私は東から来た」
嘘をついたってこと? 不思議そうに見つめるキリから視線をそらし、旅人は歩き始めた。
「自分の進む道は自分で決めるものだ」
「待って、旅人さん! 名前は?」
「…アヤ」
「お願い、アヤ! 私をあなたと一緒に連れて行って」
アヤはさっきも言ったはずだと言うようにため息を吐いた。
「私が見たいの。この世界には何があるのか。だから──」
キリの言葉に、アヤはかすかに微笑んだ気がした。
「好きにしろ」
ここは奏の東、貴族の多く住まう小国。
ソリストを王とし、その血族的な能力の高さによって身分制度が存在する。
簡潔に言えば、守られる者は守る者に従わなければいけない。
それがこの国の掟だ。
……しかし、それが本当に正しいのか?
持つ者と持たざる者は自らの意思では決められないのに。
「いたか?」
「いや、こっちにはいない」
「いいか、見つけたら、すぐに王宮へ連行だ。説得されても口車には乗るなよ」
「わかってるよ……しかし、レイ様も何をお考えなんだか? 賜冠の儀を拒むなんてな」
賜冠の儀。15歳になる頃、正当な王子の証として王より王冠が与えられる。
それは、この国の掟を受け入れ、正当な後継者として生きていくことを意味する。
けれど、レイはそれを断った。
「もっと世界を見て、勉強したい。この国のあり方を考えたい」
王である父、そして母へそう願い出ると、答えは予想外のものだった。
「こんなことが知れたら、国の恥よ」
「幽閉してしまえ」
そして、今、城を抜け出すべく、地下通路へと身を潜めている。
しかし、このままでは見つかるのも時間の問題だ……
「いたぞ! こっちだ!」
「くっ! しまった」
レイは慌てて押し寄せる兵隊と逆方向へ駆けた。
けれど、そこにも新手らしき者たちがいた。
「ねぇ、あなた、困ってるなら私たちと取引しない?」
「私たちはアヤとキリ。しがない旅人だ」
素性不明なバイオリンと二胡を抱えた二人組。
「入国する時に突然、怪しい奴だって捕らえられちゃってね。
牢からは逃げ出せたんだけど、出口がわからなくて困ってたの」
信頼に足る判断材料はない。
けれど、レイには悩んでいる時間も、他の選択肢もなかった…
「わかりました。話を飲みましょう。
しかし、出口へとつながる通路は今、追っ手がいる方向にあります」
発見の報を受けて、きっと城中の兵隊が続々とこちらへ向かっている。
その先の出口も既に塞がれているかもしれない……
「……ならば、どうする王子様?」
レイは抱えたチェロを堅く握り、振り返る。
「この国の未来のために……俺は絶対に世界を見なければいけないんです」
二人組はその言葉を初めから期待しているようだった。
しかし、唯一の拠り所が旅人か……なんというタイミングと偶然だろう。
「王子様、名前は?」
「……俺はレイ。でも、もう王子様ではありません」
レイはゆっくりと歩み始める。
「今からはあなたたちと同じ、旅人です」
ほの暗い地下道の先からは、たいまつの灯りがいくつも近づいていた──